漢方について

身近な症状と治療の実際6 【月経痛】

1、月経痛、月経過多、月経過少

 朝の通勤電車の中で激痛がおこって冷や汗が出たり、さらに気が遠くなって救急車で搬送されましたという話を耳にしたことはありませんか?婦人科的には特に子宮筋腫や卵巣嚢腫などといった異常がなくても月経痛がおきます。このような女性に漢方は大変有効です。痛みは月経血の中にあるプロスタグランジンという物質が原因となります。したがって、月経量の多い方は当然痛みが強くなります。また、子宮の入り口を子宮頚官といいますが、この狭いところを血液が通るときにも痛みを感じます。漢方でいうオ血のある場合は月経血が固まりになりやすいため、狭い入り口をこじ開けて出血します。当然、オ血のない人より痛みは激しくなります。東洋医学では、その人の症あるいは痛みの原因を考えながら漢方を合わせていきます。

 では、具体例です。Aさん28歳OL金融危機の影響で仕事のノルマが増えてしまったA子さんには、月経痛の悩みがあります。いつもは市販薬でなんとか乗り切っていましたが、今回は気が遠くなりそうなくらいの激痛で仕事にも支障をきたしたため来院されました。四診で肝気鬱結(ストレスで気のめぐりが悪くなる状態)とオ血(血のめぐりが悪い状態)がありました。そこで、『加味逍遥散合桂枝茯苓丸かみしょうようさんごうけいしぶくりょうがん』を服用していただいたところ塊がなくなり鎮痛薬も半減しました。おまけに目のまわりの隅もうすくなり喜んでいただきました。

 これ以外にも痙攣をおさえる『芍薬甘草湯しゃくやくかんぞうとう』があります。この処方は即効性があり、数分で効果が期待できます。また、婦人科の代表処方である『当帰芍薬散とうきしゃくやくさん』、胃腸薬として愛用されている『安中散あんちゅうさん』、また、月経量を正常にしてくれる『キュウ帰膠ガイ湯きゅうききょうがいとう』、血熱をとりながら補血作用もち子宮内膜症にも有効とされている『温清飲うんせいいん』や、産後薬として知られている『キュウ帰調血飲きゅうきちょうけついん』、冷房病にも使われる『五積散ごしゃくさん』なども症状に合わせて用いられます。

 一方、月経過少は虚証の人が多く、血虚や腎虚が原因になっていることが多いと思われます。処方は血虚の代表薬である『四物湯しもつとう』を含んだ漢方や腎虚に使う『八味丸はちみがん』や『温経湯うんけいとう』などがよく使われます。

2、月経周期異常

 女性の正しい月経周期とは何日だと思いますか?几帳面な女性の中には28日できちんと来なければおかしいと考えている人もいます。一般に月経周期は25日から38日の範囲であれば正常です。自分で基礎体温をつけてみて本当に自分の月経周期が異常なのかそして、排卵しているのか否かを調べてみるといいと思います。月に2回も月経がきたり周期が21日未満になると頻発月経といい治療の対象になります。排卵していないことが原因なら、今は西洋医学のホルモンの治療もすすんでいますのでホルモン治療と漢方を同時に服用することもおすすめです。お互いの相乗作用によりさらによい治療効果が期待でします。逆に40日以上たっても月経がこないときは、稀発月経といい、月経が一定せずに早くなったり、遅くなったりするものを経行前後無定期といい漢方が有効なケースを多くみかけます。

 では、Bさん22歳学生さんの治療例を紹介します。頑張って大学生になったBさんでしたが、はやりのダイエットにはまってしまい体重が標準体重より5kgも減ってしまい、稀発月経になってしまいました。可愛い顔していますが、少し、げっそりとしています。四診では、腹診に特徴があり腹直筋が2本ぴんとはっています。また、問診では雨が降る前になると頭が重くなるとのことでしたので『黄耆建中湯おうぎけんちゅうとう』と『五苓散ごれいさん』を合方で服用してもらいました。シナモンが好きな人だったようでとても飲みやすかった、そして少し出血がありましたといって笑顔で2週間後に再来されました。その後、3ヵ月後に排卵周期がもどり1年くらいで廃薬となりました。数年後にひょっこりと来院されもうすぐ結婚することになりました。でも、また、月経が来なくなりましたとのこと、早速、前回と同じ処方を服用してもらったところ排卵周期がもどりました。

 このように漢方のみでうまく月経周期をすばやく整えることができるケースもありますが、時間がかかったり、ホルモンと併用しなければ排卵しない人も多くみかけます。そんな時でも漢方といっしょに併用すればより効果が高まったり、ホルモンの副作用を軽減することに役立ったりします。本当に漢方は月経を整える(調経)ことに優れているといつも診察しながら感じています。

3、月経前症候群

 月経前症候群という言葉をよく耳にしますが正しい内容をご存知ですか?日本産科婦人科学会では次のように定義しています。(月経開始の3から10日前から始まる精神的、身体的症状で月経開始とともに減退ないし消失するもの)との見解を示しています。現在では、様々な低容量ピルが開発されていますのでピルをつかうことも1つのよい治療方法です。また、月経前症候群の症状は100以上あるともいわれ漢方はこのような愁訴に大変に効果的です。では、こんな人を紹介しますね。Cさんは35歳でOLされています。とても明るくて楽しく販売の仕事をしているのですが月経前になると急に気持ちが落ち込んだり、いらいらしたりします。また、食欲が抑えられなかったりむくんだりしてさらにいらいらが強くなってきます。30歳すぎてからは少しずつ体重がふえて気がついたら15kgも、、、これでは洋服も買い換えないといけないし検診ではコレステロールがやや上昇しているので体重を減らしてくださいと忠告されたそうです。なんとかしてほしいと切羽つまり会社で休暇をとられて来院されました月経前症候群には一般に『加味逍遥散かみしょうようさん』がよく使われます。しかし、Cさんの場合は四診で脈沈微で弦脈は認めず、また、腹診でも胸脇苦満などの加味逍遥散に特徴的な症状がありませんでした。そこで、便秘と下肢のむくみの解消を優先させて治療することとし、『九味梹榔湯くみびんろうとう』という漢方を1日に3回のんでいただきました。この漢方は江戸時代に浅田宗伯という医家が作られた処方で、気のめぐりをよくし便通にも効果的です。そのおかげでCさんは2週間後に足のむくみが8割がた改善し、便通も改善することができました。むくみが減り、便通がよくなると心も落ち着く女性が多いように思います。Cさんの体重はまだ1kgくらいしか減っていませんが、気持ちがとても安定してきたとのことです。これから運動などを生活に楽しく取り入れていくとさらに体調は改善されていくと思います。

  先ほどもお話ししましたが、月経前症候群では『加味逍遥散』が1番よく使われます。そして、とても効果があります。しかし、メーカーにより生薬の内容が異なりますので自分にはどこのメーカーの加味逍遥散が適しているの、専門医にきちんと選択してもらうほうがいいと思います。そのほか、よく使われる処方としては、『大柴胡湯だいさいことう』や『四逆散しぎゃくさん』などがあります。服用の際は腹診や問診で区別してもらうといいと思います。また、Cさんに用いた『九味梹榔湯』ですが、桂皮、甘草を中心に檳榔子をいう腹満にいく生薬が含まれていて月経前症候群以外にも広く女性に使われています。同じ桂皮、甘草が含まれている処方に『苓桂朮甘湯りょうけいじゅつかんとう』があります。この処方は、一般的に、めまいやメニエール症候群に用いられますが、水滞症状の強い月経前症状につかうと効果のある場合があります。また、月経前にパニックになる人には、『黄連解毒湯おうれんげどくとう』や『甘麦大棗湯あまばくたいそうとう』などを用いることもあります。そのほか、水滞と気の滞りによる症状が主な人では『当帰芍薬散』に理気薬の『香蘇散こうそさん』を組み合わせたり、気逆治療の代表薬である『半夏厚朴湯はんげこうぼくとう』を併用したりします。このように、月経前に症状は100以上ありますがその症状に対応して漢方の処方も100以上あるのだと感じています。

4、不妊、習慣性流産

 不妊症には女性側要因、男性側要因、原因不明と大きく3つに分類されます。まず、婦人科で原因をきちんと検査してもらうことが大切です。例えば、卵管が両側ともに閉塞しているケースは漢方のみでの妊娠は不可能で体外受精の適応になります。検査をしても原因がよくわからない、少し黄体機能が低下している人の場合は漢方治療が適しています。また、西洋医学のホルモンの治療中でも漢方と併用することで妊娠率や受精卵のグレードがよくなる人も多く見受けられます。生殖器は五臓の肝腎と深い関係があります。したがって、疏肝作用と補腎作用の生薬を組み合わせていきます。エキスでは柴胡剤と腎気丸の組み合わせになることが多いと思います。

 ではD子さんのケースで考えてみたいと思います。少し控えめで何事もきちんとしているD子さんは、様々な精神的な悩みがありおまけに子宮筋腫もありました。幸いなことに筋腫は婦人科で腹腔鏡でうまくとることができ、素敵な彼と出会い結婚することもできました。しばらくは、順調で楽しそうに来院していましたが、1年くらいたってから子供がほしいのにできないと訴えます。基礎体温もきちんとつけており几帳面です。四診では左関に弦脈があり腹部では右胸脇苦満がありました。そこで、『加味逍遥散かみしょうようさん』の煎じ薬を中心に高温期に『八味丸はちみがん』を使いました。するとやや早期排卵だった基礎体温でしたがすぐにきれいな28日周期になりいらいらも落ち着いてきました。外来でも愁訴がへってきました。この3ヶ月はいつも(はい、調子いいです)くらいになりました。不妊の患者さんでは、愁訴がへると妊娠が近づいてきているサインのように思います。案の定、D子さんはその2ヵ月後に妊娠はわかり大変喜んでいただきました。

 このように、不妊症には、『加味逍遥散』、『八味丸』、『当帰芍薬散』、のほか、血虚にともなう腹痛などに使われる『当帰建中湯とうきけんちゅうとう』、血虚で四肢や下腹部の冷えの強い人に『当帰四逆加呉茱萸生姜湯とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう』、漢方のトランキライザーである『四逆散しぎゃくさん』、代表的駆オ血剤である『桂枝茯苓丸けいしぶくりょうがん』、虚証の自律神経失調症に使う『柴胡桂枝乾姜湯さいこけいしかんきょうとう』など様々な漢方を用います。また、胃腸が弱い方は、『六君子湯りっくんしとう』など胃腸を整えることにより妊娠したりします。疲れやすい虚弱な人は『補中益気湯ほちゅうえっきとう』や『十全大補湯じゅうぜんだいほとう』などの補剤でうまく妊娠することこともあります。ぜひ、自分にあった漢方を処方してもらいましよう。

 習慣性流産とは、3回以上連続する流産と定義されています。この中には不育症といって、免疫が関係しているものがあります。自分自身の免疫が過剰に反応することによる異常、逆に免疫が寛容すぎておきる異常などがあります。一見、反対の状態ですが、漢方の『柴苓湯さいれいとう』はいずれの異常にも効果があるとされています。オ血が強い人は血栓を防止するためにも『柴苓湯』と『桂枝茯苓丸』を合方したりします。

5、妊娠中のトラブル回避術

 妊娠中は体の水分が多くなりいつもとは違う症状がおきやすくなります。妊娠初期から順番に症状別に考えてみたいと思います。

●妊娠悪阻:
やっと、妊娠したのに吐き気がひどく気持ちまでブルーになってしまうことがあります。水分までとれなければケトン体が尿中にでている可能性があります。産婦人科で検査し点滴などの治療をしてもらいましょう。そこまでひどくなければつわりの代表薬である『小半夏加茯苓湯しょうはんげかぶくりょうとう』、心下(みぞおち)の痞えをとる『半夏瀉心湯はんげしゃしんとう』や『六君子湯りっくんしとう』などを証に応じて内服してもらいます。

  ●妊娠便秘:
ホルモンの作用や物理的に腸管を圧迫することにより普段より便秘になります。食事に注意しながら、『麻子仁丸ましにんがん』や『潤腸湯おつじとう』を用いますが、痔の薬として有名な『乙字湯おつじとう』も有効です。妊娠中に痔になることも多いので便秘があればぜひ使ってほしい漢方の1つです。ただし、妊娠初期の下剤の使用についてはさまざまな意見がありますので、服用されるときには産科主治医と相談されることをおすすめします。

  ●妊娠浮腫:
妊娠中毒症の3つ症状のうちの1つです。利水薬の『五苓散』、『柴苓湯』、膀胱炎治療の代表薬である『猪苓湯』、冷えも強ければ『当帰芍薬散』などを使います。

(*この項は、婦人科担当武内睦子医師が担当しました。)

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