漢方について

生活習慣病認知症

生活習慣病

 食生活の偏りや運動不足をきっかけに肥満(特に内臓肥満)を引き起こし、高血圧、糖尿病、高脂血症などがおこる状態をメタボリック症候群と呼んでいますが、メタボリック症候群がなぜ危険であるかは、その先にあるものが、心筋梗塞や脳血管障害などの致死的なイベントや脳血管性の認知症などであるからに他なりません。

 生活習慣病の予防には、適正な食事、適度な運動、ストレスを避けるライフスタイル、良好な環境、などにより、心身のバランスを良い状態に維持することが不可欠です。

 特に、バランスの良い食事を「腹八分目に」とり、適度な運動を続けることに関してはさまざまなデータの裏付けにより、生活習慣病を予防し、抗老化作用のあることが証明されています。 一方、会社の健診などで、すでに生活習慣病と診断されてしまった場合は、もう一度生活習慣の見直しをするとともに、医師の指導によってためらわずにお薬の服用を始められることをお勧めします。

 特に、血中のコレステロールを適正な値に維持すること、血圧や血糖値をコントロールすることに関しては、西洋薬の進歩はめざましいものがあり、副作用が少なく効果の確実な薬が次々と開発されています。私は、これらの西洋薬が必要な患者さんに、あえて、「西洋薬をやめて漢方薬にしたほうがいいですよ」という立場はとっていません。なぜならば、どういう方法であれ、コレステロール値や血圧・血糖をコントロールすることのほうが先決だからです。

 ただ、漢方薬の世界でも徐々に、薬の効果に対する評価(エビデンス)ができつつあります。本章では、この「エビデンス」を中心にお話を進めていきます。

高脂血症

 高脂血症に対しては、スタチンという、肝臓でのコレステロール合成を抑える薬剤や、小腸からのコレステロール吸収を抑制する薬剤が知られています。最近では、高脂血症の治療目標として、悪玉コレステロール(LDL)と善玉コレステロール(HDL)の比率が2.0未満にコントロールすること(一度心筋梗塞を発症した場合は1.5未満)が推奨されており、漢方だけでなかなかこの目標に到達することは難しいと言わざるを得ません。

  ただ、これまでの研究では、『大柴胡湯だいさいことう)という処方が、血中の中性脂肪やコレステロール値をかいぜんするという報告があります。大柴胡湯という処方は、いわゆるがっちり型の体型で、肩こりや胸脇部の苦満感があり、便秘をしたりイライラしやすかったりするタイプに用いられる処方ですので、高脂血症と言われてこれらの症状に当てはまる方は、一度試してみられてもよいでしょう。

高血圧症

 日本人の古くからの食生活は、味噌汁や漬物、麺類の汁など、食塩を多く使う傾向があります。私も、ほんの20年ほど前に、信州地方の友人のお宅にお邪魔した際、お茶うけに、お皿に山盛りの漬物が出されてびっくりした覚えがあります。このような食塩を多くとる食生活は高血圧症の原因にもなり、結核の治療法が確立した1950年台初めから1982年までは日本人の死亡原因の第1位が脳血管障害でその多くが高血圧に伴う脳出血でした。1982年というと、ちょうど私が医師になった翌年ですが、このころからカルシウム拮抗薬という非常に有効な降圧剤が開発され、また、日本人の食生活も徐々に欧米型に変化してきたため、脳血管障害による死亡が減少し、その後の、日本人の死亡原因の一位は、ずっと、悪性新生物(癌)となっています。

 その後も、アンジオテンシン転換酵素阻害薬(ACE)やアンジオテンシンU受容体拮抗薬(ARB)といった副作用が少なく確実な降圧効果が得られる薬が開発されて、ますます日本人の高血圧による死亡は少なくなっています。

 一方、漢方薬では、『釣藤散ちょうとうさん』と『七物降下湯しちもつこうかとう』という二つの処方が有名です。

 釣藤散は、頭痛やめまい、特に朝方の頭痛を伴う高血圧に有効な処方ですが、現代医学的な実験でも、釣藤散の構成成分である釣藤鈎という生薬に血管拡張作用のあることが報告されています。釣藤散は、どちらかというと神経質なタイプでこれらの症状を訴える場合に有効とされており、女性男性を問わず、更年期などで気分が不安定になり頭痛やめまいを伴い血圧が上昇するタイプに良い処方です。

 七物降下湯は、いわゆる「血虚」タイプの高血圧とその諸症状に用いられます。血虚タイプとは、血液の循環量が低下し栄養が十分にいきわたらない状態を言い、皮膚の色が白い、疲れやすい、髪の毛がぱさついたり抜けやすい、目が疲れやすいなどの特徴がありますが、これらの症状を備えた高血圧症に用いられます。

 これらの処方は、降圧効果という点では西洋薬にかなわない部分もありますが、高血圧に伴うさまざまな不快な症状を訴える時には西洋薬との併用も含めて試みてよい処方だと思います。

糖尿病

 糖尿病には、血糖を下げるホルモンであるインスリンを分泌する膵臓のβ細胞が破壊されてしまう1型糖尿病と、インスリンの分泌が低下したりインスリンの効きが悪くなる(インスリン抵抗性の増大)タイプの2型糖尿病に大きく分類されますが、ここでは、主に2型糖尿病についてお話します。糖尿病の治療の基本は食事と運動であることは昔も今も変わりません。特に食事量の制限と運動は、血糖を下げるホルモンであるインスリンの働きを効率的にすることが知られています。

 また、糖尿病に用いられる西洋薬も様々なものが開発されており、これらを総合的に使って血糖値をコントロールすることが必要です。特に、最近では、境界型糖尿病といって、空腹時の血糖が110から125mg /dlかつ糖負荷試験2次間置は140〜199mg/dlかつ随時血糖が200mg/dl未満の状態でも心筋梗塞や脳血管障害の危険因子になることが知られており、自覚症状のない早期から治療することが必要です。 漢方では糖尿病は「消渇病」と言われていました。これは、血糖が高い状態が続くと、口渇がつよくなりやたら水を飲みたい状態になることを表現したもので、白虎加人参湯が消渇病の治療薬として知られています。しかし、先にも述べたように、糖尿病は口渇などの症状が出る前に治療しなければなりません。

 そこで近年『防風通聖散ぼうふうつうしょうさん』という処方が注目されてきました。防風通聖散は、本来、「臓毒証対質」といって、過食や運動不足により肥満傾向になり便秘や皮膚疾患、高血圧、脳卒中などをきたしやすいタイプの体質改善剤として用いられている処方です。この臓毒証対質こそが、現代の生活習慣病予備軍ではないかとのことで防風通聖散を使った様々な研究が行われました。その結果、防風通聖散には、@空腹時のインスリン分泌量を減らす A糖負荷試験の際の負荷後血糖を下げる Bインスリン抵抗性の指標であるHOMA-IR値を改善する Cヒトの内臓脂肪量を減らす などの作用があることが確認されたため、防風通聖散が肥満を改善し、インスリン抵抗性を改善することで、生活習慣病の治療薬となりえることが証明されたのです。

 ただし、ここで声を大にして警告したい点があります。

 防風通聖散はあくまでも、過食や運動不足による肥満傾向のあるタイプに用いられる処方であり、普通の体型で特に「臓毒証対質」でない方が単に「やせ薬」として防風通聖散を服用すると、下痢がおこったり、全身倦怠感が生じることがあります。また、この処方には、まれではありますが薬剤性の肝機能障害や過敏性膀胱炎、間質性肺炎といった重篤な副作用をきたすことが知られている黄?が配合されていますので、必ず医師や薬剤師の管理のもとに服用することが必要です。

認知症

 高齢化社会が進む中、認知症の患者さんの増加は患者さんご本人だけでなく、介護する家族にとっても大きな心理的・体力的・時間的そして経済的負担がかかるため、社会的な問題になりつつあります。

 一口に認知症といっても、いわゆるアルツハイマー病やレビー小体病などの脳細胞の変性疾患と、脳血管の老化や脳梗塞によっておこる血管型認知症がその多くを占め、そのほかに、脳腫瘍や甲状腺機能低下症によるもの、ウィルス感染によるものなどがあります。

 現在、アルツハイマー病などの変性性認知症については、塩酸ドネベジル(アリセプト)がよく知られていますが、現在のところ病気を治癒させる効果はなく、記憶障害の進行を遅らせる可能性があるということが分かっているだけです。漢方薬のこれまでいくつかの処方が効果があるのでは、といわれてきましたが、現在のところ、治療薬としてエビデンスが証明されたものはありません。

 ただ、『抑肝散よくかんさん』という漢方処方は、近年、アルツハイマー型認知症患者の周辺症状(妄想・幻覚・興奮・異常行動など)に対して、西洋薬の向精神病薬や抗うつ薬よりも症状改善効果が強いことが証明されており、これらの患者さんの介護に悩む人たちにとっても明るい話題となっています。

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