漢方について

気・血・水

実は、身近で分かりやすい漢方理論

 漢方と西洋医学では、バックボーンとなる考え方にかなりの違いがあります。両者の違いを表すのに、よく用いられるのが一元論と二元論という言葉です。

 西洋医学は、自然と人間、心と体といったものを切り離した、二元論的思考の医学です。これに対して漢方には、一元論、あるいは整体論と言われる独特の考え方があります。人間の体を構成する臓器や器官、そして心を、有機的なつながりのある存在と考えるのです。また、「人間も、自然界の一員」という考え方も、この理論からくるものです。

 病気をみるときにも、症状が現れている部分だけに着目するのではなく、必ず体全体の調和や歪み、あるいは自然界の影響などを考えに入れて、診断・治療していきます。

 このような漢方独特の考え方は、ともすると難解と思われがちですが、難しいのは用語だけで、理論自体はむしろ身近で分かりやすいものなのです。例えば、心配事があると食欲がなくなる、精神的ストレスで生理不順になってしまう…といった例は、心と体が一緒であると考えたほうが納得しやすい現象ですし、自然界が体に及ぼす影響は、前項で述べた通りです。

 だからといって、西洋医学的な考え方は間違っている、などというつもりはありません。西洋医学には、漢方にはない優れた点も多々あります。例えば、検査技術や外科治療などは、漢方の及ぶところではありません。ただ、西洋医学とて万能でないということだけは、頭のどこかに入れておいて欲しいのです。そして、ふだん西洋医学的な扱われ方しかされていない自分の体を、漢方的な角度からみることで、体に関する「なぜ」が「なるほど」に変わることもあるはずです。

 例えば、ふだんから疲れやすく、どうもやる気が起きない、という人。検査をして、特に悪いところはみつからないとなると、西洋医学的には「健康」ということになります。でも、そんなお墨付きをもらったところで、辛い症状がおさまるわけではありません。こんなときこそ、漢方の出番です。

 漢方では、だるい、疲れやすいという症状は、「気」の不足や滞り、あるいは「水」の代謝が悪いことが原因で起こると考えています。そして、実際に漢方薬で気を補ったり、水分代謝を助けることで、確実に成果をあげることができるのです。また、そういう体質傾向が分かっていれば、ふだんから気を補うような食べ物を食べたり、水分代謝をよくするために、水分のとり過ぎに気をつける、といった生活上の工夫も可能です。

 それでは、漢方独特の考え方を理解するために不可欠な「気・血・水」というものを、もう少し掘り下げて紹介していくことにしましょう。

気

気が抜けると風邪をひく理由

 仕事などが忙しく、緊張した日々が続いているときには風邪をひかないのに、ほっと一段落して気が抜けると、待ち構えたように風邪をひいてしまう…。こんな経験はきっと誰にでもあるはずです。普段か何気なく使われている、この「気が抜ける」という言葉の「気」とは、漢方でいう「気」の意味と大きく関係しているのです。

 では、その「気」とはいったいどんなものなのでしょう。

 分かりやすいところで説明するなら、Vital Energy(生命エネルギー)という英訳がぴったりです。つまり気は、体を動かす、血液をめぐらせる、呼吸をする、ウィルスや最近から体を守る、といった生命活動のもととなる存在なのです。「気が抜けると、風邪をひく」というのも、気をこのようなエネルギーの一種と考えると、案外つじつまが合うものです。

 Vital Energyなどという言葉をあえて持ち出さなくても、日本人なら、元気、空気、気配、気が強い、気を失う、気が晴れる、などの日常語を思い返すだけでも、気という言葉が持つ意味や雰囲気はつかめるかもしれません。

 気は、血液のように目に見えるわけではありません。そのため、摩訶不思議な存在のように喧伝されがちですが、それほど難しく考える必要はないのです。目に見えないのは、ガスや電気のようなエネルギーにしても同じこと。ただ、ガスや電気は、一定の条件があれば目にすることができますが、気はその方法がまだみつかっていないだけなのです。

 気の存在やメカニズムは、今後科学的に解明されるべき課題であることは言うまでもありません。ただ、西洋医学では存在を認められていないから、科学的に説き明かされていないから、という理由で、何千年もの間、生命現象のひとつとして語られてきた気を、頭から否定したり、または超常現象であるかのごとく扱うのは、少々ナンセンスといえるでしょう。

 さて、この生命エネルギーである気は、人体の表面から内部まで、ありとあらゆるところをかけめぐり、臓腑や組織に活力を与えています。そして、存在する体の部位や役割によって、肺気、心気といった具合に名前がついています。

 風邪をひくことに深く関係しているのは、「衛気えき」と呼ばれる気です。よく、抵抗力が弱いと風邪をひきやすいといいますが、この「抵抗力」が衛気であると言い換えてもいいでしょう。

 衛気は、ウイルスや細菌などから体を防衛する存在で、皮膚、鼻、口、といった体表面に存在しています。風邪をひきそうなとき、体の表面がぞくぞくっとしますが、これは、前線部隊である衛気を突破して、ウイルスがまさに体に侵入しようとしているときの症状です。

 衛気が不足すると、そよ風に当たっただけでぞくぞくする、風邪をひきやすい、汗が出やすい、といった症状が現れます。不足する原因はさまざまですが、緊張から開放されて、気が抜けたり、緩んだりしたときには、最前線の防衛力もちょっと緩んでしまい、そのすきに乗じてウイルスが侵入してくる…と考えることもできそうです。

 ちなみに、「かぜ」という字を風邪ふうじゃと書くのも、漢方の考え方からきたもの。衛気が不足した体は、古い家のごとく、あちこちがすき間だらけなので、「風の邪」も簡単に入ってきてしまう…というわけです。

「病は気から」の本当の意味

 健康なとき、気は全身をかけめぐり、各所にエネルギーを与えています。この気が不足したり、流れが一部で滞ったりすることは、さまざまな病気を引き起こす原因になると考えられています。

 では、気に異常が起こると、実際にはどんな症状が現れるのでしょう。まず、気が不足した状態を考えてみましょう。

 気が不足することを、漢方では「気虚ききょ」といいます。だるい、疲れやすい、食欲がない、朝なかなか起きられない、話し声が小さい、息切れがする…。これが、気虚の代表的な症状です。慢性胃炎や慢性肺疾患などで、体力が弱って現れることもある症状ですが、西洋医学的には特に病気ではないというときにも、しばしばみられます。

 気虚の症状は、気の不足する部分によって、少しずつ違いがあります。先ほどの「衛気」が不足すると風邪をひきやすくなるというのも、その一例です。

 臓腑の気虚にもいろいろなタイプがありますが、中でも日本人に比較的多いのは、消化器系の気が不足する「脾胃気虚ひいききょ」です。この場合は、主に、食が細い、胃がすっきりしない、おなかが空かない、すぐ下痢をする、といった胃腸症状が現れます。他では、息切れがする、いつも呼吸が浅い、といった症状は「肺気虚はいききょ」、動悸がする、びっくりしやすい、などは「心気虚しんききょ」といった具合に、気の不足は人体のいたるところで起こると考えられています。

 一方、気がスムーズにめぐらない状態は、「気滞きたい」と呼ばれており、こちらもさまざまな症状を引き起こします。

 代表的な症状は、いらいらしやすい、怒りっぽい、みぞおちや胸、わき腹が張ったり、つかえたりする、のどになにかがつかえた感じがする、ちくちくとした痛みがあり、その場所が移動しやすい、など。一見、何のつながりもなさそうな症状ですが、「最近、ささいなことにもヒステリックに反応してしまう」などと感じるときには、実際に胸やわき腹が張りやすかったりするものです。なぜ、この部位が張りやすいかについては、さまざまな説がありますが、主な原因は、横隔膜や肝臓があるために、気の通り道が物理的に狭くなっていることなのではないかと考えられています。

 特に病変があるとも思えないような部位がちくちくと痛み、しばらくするとその痛みがなくなって、他の場所が痛む…という症状もよく経験することですが、これも、エネルギーの一種である気が、ところどころで滞っている証拠。また、生理前になると胸やおなかが張ったり、いらいらしやすくなる「月経前緊張症」も、気滞と深い関係がある症状です。

 気の不足や滞りが慢性化すると、これらの症状を引き起こすだけにはとどまらず、臓器の機能低下を引き起こしたり、気と一緒に全身をかけめぐる「血」や「水」を滞らせてしまうなど、さまざまなトラブルのもとになります。

 こういったことを考えると、昔からある「病は気から」という言葉も、単に精神力の問題をさすのではなく、気という存在の大切さを物語っているように思います。

 なお、気の不足や滞りも、一時的なものであれば特に問題はありません。例えば、久しぶりにテニスをして疲れてしまった…というときなどにも、体がぐったりしますが、これも気が不足したために起こる症状です。ただ、この程度の気の不足は、一晩ぐっすりと眠れば回復してしまいますし、運動によって気を利用することは、むしろ体にとって必要ことでもあります。体を動かさなければ、今度は気の流れが滞ってしまうからです。

 人間の体は、適度に動かすことで、機能が正常に保たれる仕組みなっています。どのくらい動かせばいいのかは個人差があり、一概にはいえないのですが、一日中デスクワークをしているような人は、どうしても気が滞りがちになりますので、ときどき休憩をとって、ストレッチや軽い運動をすることをおすすめします。

 また、気滞のもうひとつの大きな原因としては、ストレスがあげられます。ストレスを感じると、気の通り道がきゅっと収縮するために、気が滞りやすくなってしまうのです。こういう状態が続いていると、ストレスに過敏に反応するようになり、さらに気のめぐりが悪くなってしまう…という悪循環を引き起こすケースも少なくありません。

気は、どうやって生み出されるのか

 人が活動するためのエネルギー源である気は、体を動かすことによって、どんどん利用されていきます。この「動かす」というのは、単に運動をするという意味だけではなく、心臓が血液を体中にめぐらせたり、胃腸が食べたものを消化吸収する、といった臓器の動きも含まれます。つまり、生きている限り、気は消費されていくわけです。

 もちろん、気は消費される一方というわけではありません。食事をしたり、呼吸をしたりすることで、私たちは知らず知らずのうちに気を補っているのです。  では、気がどのように作られていくのか、そのメカニズムを追ってみましょう。まず、気の生成メカニズムのかなめとなるのは、消化器です。食べたり飲んだりしたものを、胃腸が消化・吸収して、体の役に立つエネルギー(気)に作り替えているのです。この気は、「穀物からもらった気」という意味で、「穀気こくき」と呼ばれています。

 そして、この穀気と、肺が呼吸によって取り入れたきれいな空気(清気せいき)、そして、人間が生まれたときから持っている「先天の気」が合体したものが、体の中をかけめぐっている気なのです。

 このメカニズムを知っていれば、気の不足や滞りを防ぐ方法もおのずと分かってくるはず。ただ、勘違いをしてはいけないのは、たくさん食べればそれだけ気が増える…というほど人間の体は単純ではない、ということです。

 胃腸の消化吸収力にも、限度というものがあります。そのキャパシティを越えるほど食べたり飲んだりすると、胃腸の機能がパンクして、飲食物を効率よく気に変えることができなくなってしまうのです。こういう状態を無視して、さらに暴飲暴食を続けると、気に転化できなかった飲食物がだんだんと病的な物質に変化して、体の中に滞ってしまう一方で、体にとって必要な気は不足している…というやっかいな状態になってしまうのです。

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血

気と一緒に体中をめぐる「血」

 気について、もうひとつだけ強調しておきたいことがあります。それは、「気は、常に血と一緒に体中をめぐっている」ということです。

 血は、気という原動力なくては、体の中をくまなくめぐることはできません。そのため、気のめぐりが悪くなれば、当然血行も悪くなってしまいます。つまり、ストレスや運動不足といった気滞の原因は、血のめぐりを悪くする原因でもあるのです。

 では、今度はこの「血」というものについて、詳しく紹介することにしましょう。

 漢方でいう血は、いわゆる「血液」というだけでなく、「体の各所に栄養を与える物質」という意味も含んでいます。つまり、気が血を引き連れて体中をめぐっているとき、気は各所にエネルギーを与え、血は栄養を与えている、というわけです。また、血は、パートナーである気にも絶えず栄養を与えています。気もまた、血から栄養を与えられる存在のひとつだからです。

 両者の関係は、「血は気の母」と表現されたり、騎手(気)と馬(血)にたとえられることがあります。それほど密接な関係にあるということなのです。

 では、血に異常が起こると、どんな症状が現れるようになるのでしょうか。

 血もまた、気と同じように不足と滞りという病態があり、血の不足を「血虚けっきょ」、血の滞りを「血オけつお」、または「オ血おけつ」と呼んでいます。血虚には、血の量的な不足だけでなく、「体の各所に栄養を与える」という血の機能が衰えることも含まれます。

 血の不足というと、西洋医学でいう貧血と同じようなものではないか…と思われるかもしれません。実際に診察をしてみると、貧血の人の多くに血虚の傾向がみられるのは確かですが、血虚だからといって、必ずしも貧血であるとは限りません。そのため、西洋医学的に「血液」の問題はなくても、漢方でいう「血虚」であることは十分に考えられます。

 血虚の代表的な症状は、立ちくらみ、目がかすむ、こむら返りを起こしやすい、肌にツヤや潤いがない、髪の毛が細くなったり、抜けやすくなったりする、など。髪のトラブルなどは、ついヘアケア剤のせいにしてしまいがちですが、漢方では、髪は「血余」と呼ばれ、血の状態を映し出す鏡と考えられています。そのため、髪のトラブルが気になるときは、他に症状がないかどうかチェックするなど、体の内部にも目を向けてみることが大切です。

 血虚の原因は、血を作り出す能力が不足して起こることが多いのですが、その原因の筆頭は、不規則な食習慣や偏食。特に、女性の場合、無理なダイエットが引き金となることが多いようです。

 そもそも女性は、月に一度月経による出血があるため、どうしても血虚体質になりがち。また、妊娠・出産によっても血は大量に消費されますし、母乳を作り出すのも血の役目です。そこに加えて、生野菜のサラダしか食べないとか、お昼はリンゴ1個だけ…といった過激なダイエットを続けることは、いかに体に負担をかけることか、容易に想像がつくと思います。

無謀なダイエットや偏食が、血のトラブルを招く

 血の不足が進むと、もうひとつの血の病態である「血オ」も起こりやすくなります。これは、渇水期の川がさらさら流れないのと同じ原理で、血の量が少ないと、どうしても流れが悪くなってしまうのです。

 血オは、血虚から起こるだけでなく、ストレスからくる気滞から発展する場合もあります。また、極端な偏食や自律神経の失調がもとになったり、動脈硬化性の病気や悪性腫瘍、子宮筋腫、子宮内膜症などの婦人病、過去の手術歴などが影響する場合もあります。

 主な症状は、がんこな肩こりや神経痛、頭痛、月経痛、月経周期の異常、唇や皮膚が青紫色になってくる、静脈瘤、舌に青紫〜黒紫の斑点がある、舌の裏側の静脈が怒張している、など。女性の場合は、20代後半くらいから、徐々に血のめぐりが悪くなる場合が多いようです。婦人科の病気が増えてくるのも、ちょうどこのころですから、食生活などにはそれまで以上に気を配ることが大切です。

 ただ、若いから血オにはならない、というものでもありません。食生活に問題があったり、体を冷やすような生活をしていると、10代でも血の問題は現れます。

 また、男性の場合、女性に比べれば血の問題は起こりにくいのですが、タバコやお酒の量が多い、ストレスのたまる仕事をしている、食生活が不規則でバランスも偏りがち、といった生活を送っている人は要注意。気や血のめぐりが悪くなって、成人病のリスクも高くなります。

血の不足や滞りを防ぐ生活

 では、血虚や血オの状態を防ぐためには、日ごろどんなことに気をつければいいのでしょうか。

 まず、血虚傾向のある人は、「冷え」の症状を伴うことが多いので、まず、体を冷やさないことが大切。服装面はもちろんのこと、食べ物も体を冷やす生野菜やお刺身、生卵などは極力避けて、色の濃い野菜を煮炊きして食べるようにしましょう。また、なるべく季節のものを食べることも大切です。例えば、夏野菜であるトマトやナスには、体の熱をとるという作用があります。暑気払いにはぴったりの食べ物ですが、寒い冬に適した食べ物とはいえません。

 また、健康のことを考えて、肉類はいっさい食べないという人がいますが、血が不足している場合は、肉類も適度に食べたほうがいいのです。特に、体を温める力が強い羊肉は、産後の冷えや疲労感などにぴったりの食べ物です。

 一方、血オの症状がある場合は、滞っている血を動かす必要があります。そのためには、前述のように偏食を避けたり、体を冷やさないことも大切ですが、適度な運動を心がけること、それから精神的にリラックスすることも必要です。西洋医学的にも、常にテンションが高く、イライラしやすい性格の人は、狭心症や心筋梗塞を起こしやすいことが知られていますが、これらの病気は、漢方的には血オから起こるものと考えています。このことからも、精神的な緊張が血液の循環に悪影響を及ぼすことは間違いないといえるでしょう。

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水

水の飲みすぎは、健康を損なうもと

 「体の60%は水でできている。だから、水をたくさん飲めば健康になれる」。そう信じている人は、案外多いのではないでしょうか。

 確かに、人間は水を飲まなければ一週間も経たないうちに死んでしまいます。しかし、食べすぎの害があるように、水にも飲みすぎの害というものがあるのです。その理由を説明する前に、まず、水分代謝のメカニズムをみてみましょう。

 まず、口から取り込まれた水は、胃腸で吸収されたのちに血管に入り、静脈血となって(一部は肝臓を経由して)、心臓、肺へと流れ込みます。ここで、酸素を受け取って動脈血となった血液は、再び心臓から全身に送り出され、腎臓で尿となって膀胱から排泄されます。このほか、汗となって体表から蒸発したり、呼吸と一緒に肺から体外に出たり、胃液、腸液、唾液として排泄されるものもあります。

 西洋医学では、摂取した水分はすべて血管に入り、腎臓で尿となって体外に排出されると解釈していますが、実際には、このようなルートでスムーズに水が流れるとは限らず、血管外の組織や腸管にたまってしまうことも多いのです。

 例えば、胃腸の消化機能が弱っていると、口から入ってきた水分のすべてを処理することができず、体の中に滞ってしまうことになります。漢方では、この「滞った水」が、ぜんそくや鼻炎、むくみ、冷え性などの原因になると考えています。

 なぜ、西洋医学と漢方にこれほどまでの解釈の違いが生まれるのでしょうか。これは、水分代謝の問題は、血の流れの問題などに比べると、かなり個人差が大きいことに原因があるようです。

 西洋医学では、血管内の血液の流れに関しては詳しくマッピングできていますが、リンパ液の流れとなると、個体差が大きいために正確にはとらえられていません。まして、血管外の水の流れとなると、全く意識の外にあるといっていいでしょう。

 この「個体差」「血管外の水の流れ」と、病気との因果関係に注目しているのが、漢方なのです。

 個体差ということを考えれば、「水をたくさん飲めば、誰もが健康になれる」という考え方に問題があることも、お分かりいただけるでしょう。自分の水分代謝の能力に見合った水分のとり方をしていれば、飲みすぎの害が現れることもありませんが、胃腸のキャパシティを越えるほど水を飲んでいると、必ず「滞った水分」による問題が現れてきます。水分摂取の適量を見極めるのは、なかなか難しいことかもしれませんが、現代人の場合、おおむね水分をとりすぎる傾向があるようです。

 自分では気がついていなくても、仕事の打ち合わせや、友人とのおしゃべりなどで、つい何杯もコーヒーやお茶を飲んでしまうという人は少なくないはず。また、健康によいからと、毎日1Lもの牛乳を飲んだり、片時もミネラルウォーターのボトルを手放さない…という人ももよく見かけます。そういった習慣を一時中止して、まずは体の声に耳を傾けるところから始めてみましょう。体が水分を欲しがるときには、必ず「のどが渇く」というサインが現れるもの。そのサインに気づいたときも、冷たい水をガブガブ飲むようなことはせず、温かいものを少しずつ飲むのが原則。食べ物も、よくかんでゆっくり食べると少量でも満腹になるように、水分もゆっくり飲むことで、とりすぎの害を防ぐことができます。また、冷たいものは胃の血管を収縮させて、動きを鈍らせてしまうのですが、温かいものであれば胃に負担をかけることもありません。

 なお、「のどが渇いた」という感覚が鈍くなるお年寄りは、脱水状態にならないように気をつけなければいけない、といわれていますが、元気なお年寄りならそれほど心配しなくても大丈夫です。むしろ、友人や家族とのおしゃべりに花が咲き、気がつくとポットのお湯がなくなるくらいお茶を飲んでいた…というお年寄りも多い様子。このような習慣が、体の冷えに拍車をかけたり、たんの量が多くなる、といった症状を引き起こしている場合もありますので、注意が必要です。

汗は、たくさんかけばいいというものではない

 これまで、リンパ液などの正常な水分と、血管外や腸管に滞ってしまう水分を、両者とも「水」という言葉を使って説明してきましたが、漢方の「気・血・水」の水は、リンパ液、細胞間液、胃液、唾液などの正常な水分のほうを指します。これに対して、血管外や腸管に「滞った水分」は、「水毒」、あるいは「水飲」「痰湿」などと呼ばれています。

 では、この「水毒」は、具体的にはどんな症状を引き起こすのでしょうか。いうまでもなく、むくみなどは水毒の代表的な症状ですが、目に見えるほどのむくみがなくても、なんとなく体が重くだるい、朝なかなか起きられない、胃腸がむかむかしやすい、空腹感がない、乗り物酔いしやすい、たんやつばの量が以前より多くなった、舌に白い苔がべったりとついている、おなかを押すとポチャポチャと音がする、梅雨時や雨の日に体調を崩しやすい、といった症状があれば、水毒を疑う必要があります。

 また、漢方的にみると、花粉症や気管支ぜんそくなど、アレルギー性の疾患には、必ず水毒の問題がかかわっていると考えられます。お茶や清涼飲料水の飲みすぎなどで、体中が水浸しのような状態になっているところに、アレルギーによる粘膜の浮腫むくみが起こるため、たいへん治りにくい状態になってしまうのです。また、ぜんそくの場合、「痰を出すために、どんどん水を飲みなさい」という指導をまじめに守りすぎて、水分過剰となり、気管支の浮腫がますます悪化してしまう、ということも起こります。このほか、冷え性や吹き出物、女性の月経異常、慢性の胃腸障害、一部のアトピー性皮膚炎なども、水毒との関係が深い疾患です。

 また、日本が湿気の多い土地であることも、水毒による病気を増やす一因になっています。アトピー性皮膚炎やぜんそくの人が、アメリカやオーストラリアなどに旅行すると一時的に症状が軽くなる、という話をよく耳にしますが、これは、乾燥した気候の影響で体表から水分が蒸発し、体内の水毒が少し発散されたためと考えられます。住む環境は簡単に変えるわけにいきませんが、少なくとも、湿気の多い季節には水分のとりすぎに特に気をつける、冷房した部屋の中ばかりに閉じこもらずに、体を動かして適度に汗をかき、体の水毒を追い出す…といったことなら、十分に可能なはずです。

 なお、体が運動不足になっていると、筋肉が脂肪に置き変わり、同じ運動をしてもエネルギーの消費が悪くなってしまいます。このこともまた、間接的に水の代謝に悪影響を及ぼしますので、少しの距離の移動にも車を使い、仕事はデスクワークばかり…といった生活をしている人は、注意が必要です。

 ただ、「汗をかくのはいいことだ」とばかりに、炎天下の中でジョギングをする…などというのは明らかに行きすぎ。汗をかくときには、必ず「気」というエネルギーも一緒に外に排出されるため、汗をかきすぎると、体にとって必要なエネルギーと水分を同時に消耗することになります。よく、サウナに入ったあとに、なんともいえない疲れを感じることがありますが、これも、汗をかきすぎて必要な気や水まで失ってしまった証拠です。

 運動は体にとって必要なことですが、「汗をかく」ということは、単なる結果に過ぎません。大切なのは、汗をかく程度まで気・血・水をめぐらせることなのです。全身にじんわりと、満遍なく汗がにじむ…。これが、最も健康的な汗のかき方です。

水を飲んでも、体の潤い不足は解消できない

 さて、水が滞ることの問題点ばかりをあげてきましたが、水も、気や血と同じように、不足して問題が起こることもあります。

 水は、気や血と一緒に体中をめぐって、各所に潤いを与えています。そのため、体が水不足になると、皮膚がカサカサする、のどが渇く、風邪をひいたあとに空せきが残りやすい、といった乾燥の症状が現れるようになります。また、ラジエーターの役割を果たす水が少ないために、体に熱感がある、手のひらや足の裏がほてる、寝汗をかく、といった熱症状も現れやすくなります。

 このように、体の水分が不足した状態を、漢方では「陰虚」、または「津液虚」と呼んでいます。なお、「陰(陰液)」「津液」は、水の別称です。なぜ、このような呼び方をするのかについては、追々説明することにしましょう。

 体が水分不足におちいる引き金となるのは、ストレスや過労、慢性的な睡眠不足、不摂生な食生活など。また、気や血のトラブルが長引いて、水が消耗されることもあります。例をあげてみましょう。精神的なストレスが続いた場合、まず、気のめぐりが悪くなります。気は一種のエネルギーなので、滞ったままにしておくと、ある種の熱が発生してしまうことがあります。電気のコードを一個所にまとめておくと、その部分が熱を帯びてしまうことがありますが、あれと同じようなことが体内で起こるわけです。そして、この熱が体内の水分を蒸発させ、陰虚の状態を作り上げてしまうのです。逆に、水の不足が気や血を消耗したり、滞らせたりすることもあります。

 また、食生活では、辛いものや脂っこいもの、強いお酒、タバコなどは、体の水分を消耗する性質がありますので、とりすぎることのないように気をつけるべき。なお、お酒に関してもう一言付け加えると、「その性は温にして、その質は寒」、つまり、「飲んですぐは体を温めるが、時間が経つとかえって体を冷やす」性質があると考えられています。さめたあとにひどく寒けがしたり、翌朝下痢をするのも、お酒の飲みすぎによる水分過剰が、冷えの症状を引き起こした結果といえます。

 なお、水分過剰と水分不足は、相反する病態のように見えますが、「必要な水は不足しているのに、よぶんな水分(水毒)はあふれている」という場合もあります。のどが渇いたとき、水を飲んでも渇きはおさまらず、おなかで水がポチャポチャ滞っている…という状態がいい例です。これでは、いくら水を飲んでも体の中の水不足を解消することはできません。体の中のいい水分を増やすためには、まずは、原因となっているストレスや睡眠不足を解消することが先決。また、野菜中心のあっさりとした食生活を心がけることも大切です。

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