漢方について

食養生

漢方の「食養生」を活用しよう

台所を預かる主婦は、現代の「食医」である

 体質別、性別・年代別の生活術について紹介してきましたが、いずれも、食事についてのアドバイスがあることに気づいた方も多いと思います。これは、食べ物や食べ方によって健康を維持する「食養生」の考え方によるものです。

 漢方の食養生は、「気・血・水」「寒・熱」といった漢方基礎理論のもとに成り立つものです。このあたりが、現代栄養学との大きな違いといえるでしょう。また、「薬食同源」という言葉があるように、漢方では、食べ物と薬との間にも明確な線引きはありません。

例えば、生姜、ヤマイモ、ネギ、シナモン、山椒、ゴマなどは、ごく身近な食べ物ですが、同時に漢方薬の重要な材料でもあります。漢方薬として使われることのない食べ物にも、それぞれ「性味」と呼ばれる特徴があります。

 古代中国には、「食医」と呼ばれる職業があって、食べ物の漢方的な意味合いをすべて把握し、食事指導をすることで、皇帝の健康管理をしていたのだそうです。ちなみに、食医は、病気を治す「疾医」より身分が高かったといいます。「病気になってから治す」のではなく、「病気を防ぐ」ことのほうが重要である、という漢方の考え方の現れといえるでしょう。現代には食医という職業はありませんが、台所を預かる主婦は、さながら家庭の食医といえるのではないでしょうか。

 といっても、食べ物の薬効をそれほど細かく知る必要はありません。毎日の献立を考えるとき、「お昼はフレンチだったから、夕ご飯は焼き魚と煮物でさっぱりと」「うちの子は人参嫌いだけど、ハンバーグの中にいれれば食べてくれるかも」などと考えるところに、漢方的な知恵を少しだけ加えればいいのです。

 それに、いくら食べ物の薬効が分かっていても、全体の栄養バランスが崩れていたり、食事の時間が不規則だったりすれば、やはり健康的な食生活とはいえません。また、食事は単に栄養を摂取する行為ではなく、コミュニケーションの場であり、味や季節感を楽しむためにあることを考えれば、やはり、おいしく、楽しく食べることが基本といえるでしょう。

体を温める食べ物、冷やす食べ物

 食養生を実生活に役立てるうえで、最も便利なのが、「寒熱」という考え方です。まずは、次の「食べ物寒熱分類表」をみてください。

(食べ物寒熱分類表)
【体を温める食べ物(温性、熱性)】
牛肉、羊肉、鶏肉、イカ、エビ、サバ、サンマ、ブリ
ニンニク、ネギ、タマネギ、ニラ、カボチャ、
紫蘇、生姜、山椒、唐辛子、コショウ、シナモン、フェンネル、クローブ、
黒砂糖、麦芽糖
【平性の食べ物】
米、トウモロコシ、大豆、サツマイモ、ヤマイモ、
キャベツ、人参、ジャガイモ、カブ、小松菜、ほうれん草、シイタケ、
ブドウ、リンゴ、卵、ハチミツ、ゴマ
【体を冷やす食べ物(寒性、涼性)】
小麦、豚肉、カニ、牡蛎、昆布、ワカメ、ヒジキ、
豆腐、緑豆(春雨含む)、
トマト、セロリ、ナス、キュウリ、冬瓜、ゴボウ、タケノコ、レンコン、大根、モヤシ、
梨、柿、メロン、バナナ

 このように、私たちがふだん食べているものは、すべて「寒熱」という基準で分類することができます。ここでは、温性と熱性、寒性と涼性を同じグループに分類していますが、もっと細かく「熱・温・(微温)・平・涼・(微寒)・寒」と分ける場合もあります。ただ、同じ食べ物でも、栽培法や産地によって多少性質が変わりますし、時代や研究者による意見の違いもありますので、ふだんよく食べるものが、だいたいどちらに偏っているかを知っている程度で十分でしょう。

 ここでまず注目してほしいのは、体を温めるほうにも、冷やすほうにも偏らない「平性」の食べ物です。

 「温・熱」「寒・凉」などの性質は、体のゆがみを治すときには便利なのですが、健康な人が温・熱性の食べ物ばかり食べていると、体によぶんな熱を発生させる原因になりますし、逆に寒・凉性のものばかりでは、体が必要以上に冷えてしまいます。つまり、常食するのに最も適しているのは、平性の食べ物なのです。実際、表を見ると、平性の欄には、私たちが毎日のように食べるものが多いことに気づくと思います。

 また、温・熱の食べ物を、寒・涼の食べ物と組み合わせるようにすれば、平性にすることができます。おもしろいことに、伝統的に相性がよいといわれている食べ物は、寒×熱の組み合わせが非常に多いのです。ナスと生姜、ブリと大根などがいい例です。

 調理法による性質の違いというのもあって、冷たいものや生ものは、体(特におなか)を冷やす性質がありますが、煮たり焼いたりすれば平性になります。冷たいそうめんを食べるときに、生姜やネギを薬味にしたり、お寿司に生姜や紫蘇を添えるのは、そういう意味でも非常に理にかなったことといえるでしょう。

季節ごとのの食べ物と食べ方

 昔から「旬のものは体にいい」といいますが、これも、漢方の「寒熱」の考え方と無関係ではありません。

 自然の摂理とはよくできたもので、暑い夏に旬を迎えるのは、トマト、キュウリ、ナス、スイカなど、体の熱を冷ましてくれる野菜です。寒い冬は、貯蔵性のある根菜類や穀類を中心に食べますが、これらのほとんどが平〜温性で、体を補う作用をもっています。つまり、旬のものを中心に食べていれば、自然に体を「平」の状態に保つことができるというわけです。

 もちろん、体を「平」の状態に保つためには、体質や年齢なども考慮する必要があります。例えば、体が冷えに傾いている「陽虚」の人は、夏でも、涼性の食べ物ばかりでなく、温性の食べ物も少し食べたほうが、全体として「平」のバランスがとれる、ということになります。「バランスのとれた食生活」や「ヘルシーな食べ物」というものは、絶対的な存在としてあるものではなく、一人一人違うものなのです。

 ここでは、基本的な季節の食養生法や、家で作れる簡単なレシピを紹介します。自分の体質や年齢、体の状態などに合わせてアレンジして、皆さん一人一人の「バランスのとれた食生活」のヒントにしていただければと思います。

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春のレシピ

 だんだんと暖かくなる春。誰もが開放的な気分になる季節です。気持ちが浮かれる一方で、わけもなくイライラしたり、ふだんよりストレスを強く感じるなど、気持ちが不安定になりやすい季節でもあります。

 五臓でいえば、春は精神・情緒をコントロールする「肝」の季節。気持ちが不安定になるのも、肝の機能が乱れて、気のめぐりが悪くなることと関係があります。そのため、肝をいたわり、気を発散させる食生活を送ることが大切です。また、春は「温」の季節なので、「涼性」の食べ物を中心にすると、寒熱のバランスをとることができます。

 肝を養うのは、レバー、枸杞の実、ほうれん草、ヒジキ、金針菜、ゴマなどの食べ物。また、五味の中でも酸味は肝と深い関係にあるため、酢の物などを献立に加えるのもよい方法です。ただし、酸味は肝を補う一方で、とりすぎると逆に肝の機能を乱す性質があるため、食べすぎないようにしましょう。

 また、気をめぐらせる作用をもつネギ、紫蘇、三つ葉、ミント、陳皮、フェンネルなども、春におすすめしたい食材です。逆に、脂っこいものは、気のめぐりを滞らせる原因になるので、控えめにしましょう。もちろん、楽しく、おいしく食べることも、気のめぐりをよくする重要なポイントです。

梅雨のレシピ

 日本には、春と夏の間に、梅雨という特徴的なシーズンがあります。暑かったり寒かったりで気温が定まらず、じめじめとうっとうしい雨が続く梅雨は、1年の中で最も体調を崩しやすい季節です。

 多湿な気候は、体の中のよぶんな水分(水毒)を増やす原因になります。食欲不振、下痢などの胃腸症状や、体がだるく重い、関節が痛むなど、梅雨時に出やすい症状は、ほとんどがこの水毒によるものです。

 水毒を増やさないためには、水分や生もののとりすぎに気をつけることが必要です。蒸し暑い日には、つい冷たい水やビールをガブガブ飲みたくなりますが、のどの渇きは熱いお茶でいやすのがベスト。摂取する水分が少量ですみますし、汗でよぶんな水分を外に追い出すこともできるからです。

 また、水毒をとりのぞくハトムギ、小豆、緑豆、スイカなどを適度に食べるのもおすすめです。なお、梅雨時には脾胃の消化吸収力が低下しがちなので、消化の悪い生もの、脂っこいものなどは、多食しないほうがいいでしょう。

夏のレシピ

 日本の夏は、暑くて湿度も高いのが特徴です。汗をたくさんかくと、体の中に必要な水分(水)が失われ、同時に気というエネルギーも消耗するため、体がエネルギー不足に陥って、だるい、疲れやすいという症状が出るようになります。これが、いわゆる夏バテです。

 汗のかきすぎによる夏バテを防ぐには、適度な水分補給が必要です。ただし、暑さで胃腸がばてているところに、冷たい水などをガブガブ飲んでしまうと、体が水分をうまく代謝させることができず、下痢をしたり、だるさに拍車をかける原因になってしまいます。

そのため、のどが渇いたら、温かいものを少しずつ飲む習慣をつけましょう。どうしても冷たいものが欲しいときには、のどの渇きを止める「酸味+甘味」の梅ジュースやレモンジュースを飲むようにします。また、汗を大量にかいたときには、電解質入りのスポーツ飲料でもいいでしょう。

 また、暑い夏は、体に熱を生む温性〜熱性の食べ物や、脂っこいものは控えて、冬瓜、緑豆、スイカ、トマト、キュウリなど、涼性の野菜や果物を多めにするほうが、バランスのよい食生活になります。また、どんなものでも、食べすぎると体に熱を生む原因になってしまうため、腹八分にとどめることが大切です。

 汗のかきすぎによる夏バテがある一方で、汗を全くかかない生活というのも問題があります。夏に汗をかくのは、体の中の熱や余分なエネルギーを発散させるためにはどうしても必要なことなのです。1日中冷房が効いたオフィスで過ごしている人は、せめて、冷たいビールやジュースは控え、温かい飲み物で発汗を促したいものです。昼食も、そうめんや冷やし中華ではなく、温かいうどんや中華粥などを選ぶようにしましょう。また、冷房病の予防には、ストレッチや水泳など、適度な運動も効果的です。

秋のレシピ

 秋は、収穫の季節です。人間の体も、秋には体全体が内側にエネルギーを蓄える準備を始めます。秋に収穫される米類や豆類、芋類は、平〜温性で、補う性質があるため、秋から冬にかけての食生活にぴったりです。

 もうひとつ、秋という季節の特徴に、「乾燥」があります。さわやかで、本当に過ごしやすい季節なのですが、この乾燥に弱いタイプの人もいます。例えば、秋に風邪をひくと、声がかすれて出なくなったり、鼻詰まりがなかなか治らない人。肌荒れが急にひどくなる人…。こういうタイプの人は、食べ物や漢方薬で上手に潤い補給をすることが大切です。ちなみに、乾燥の激しい北京では、秋になると、体の潤いを増してくれる食材を使って、デザートを作る習慣があるといいます。気候から体を守る知恵が、今もちゃんと息づいているのです。

 日本の場合、乾燥はそれほどひどくありませんが、五臓の中で、秋と最も深い関係にある「肺」は、適度な潤いを好む臓器です。風邪の予防のためにも、穏やかに肺を潤う梨、白キクラゲ、百合根、ハスの実などを、ふだんの食生活に適量取り入れるといいでしょう。

冬のレシピ

 冬は、1年分のエネルギーを蓄える季節です。そのため、温性の食べ物を中心に食べ、体を補うことが大切です。

 体を温める食べ物の代表格は、羊や牛などの肉類ですが、今はほとんどの人が肉類を食べすぎる傾向にあるので、それ以上食べる必要はないでしょう。ただ、ダイエットをしていて、ふだん肉類をほとんど食べない人、「血虚」あるいは「陽虚」傾向の人などは、少し意識して食べるようにしたほうがいいでしょう。ただし、脂身は少ないものを選ぶようにしましょう。肉の脂が適度に落ち、しかも体がぽかぽかと温まるしゃぶしゃぶや寄せ鍋もおすすめです。肉類が苦手な人は、ブリやマグロなどでもよいでしょう。

 日本の風物詩のひとつであるもちも、冬にはぴったりの食べ物です。もち米は温性で、補う力もうるち米より優れています。ただし、消化はあまりよくないので、食べ過ぎには気をつけましょう。また、貯蔵性のある豆類や根菜類も、補う作用が強いものが多いので、ぜひ積極的に食べたいものです。冬と関係が深い「腎」を補うヤマイモは、特におすすめです。

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