漢方について

身近な症状と治療の実際1 【風邪】

風邪

 漢方薬の効き目は、穏やかな分、即効性がないと思っている人はかなり多いようです。

 かくいう私も、漢方を本格的に勉強するまでは、漢方薬の即効性をそれほど信じてはいませんでした。その認識を変えざるを得なくなったのは、私がまだ研修医だったころのある経験からです。

 仕事中、ひどく寒けがするので、体温を測ってみると38℃を越えていました。「これは早めに治しておかないと、明日からの仕事にさしつかえるぞ」と思い、解熱剤を飲んだり、座薬を使ったりしたのですが、いっこうに症状が治まる様子はありません。どうしたものかと思いをめぐらし、ふと子供のころに、寒けがとまらないときにはよく『葛根湯かっこんとう』をよく飲まされていたことを思い出しました。

 そのころ、漢方については、まだあまり知識がありませんでしたが、葛根湯の効能についてはある程度分かっていました。ひどい悪寒、肩や背中のこわばり、無汗……。ちょうど葛根湯にぴったりの症状です。また、日本の処方は量が少ないことも知っていたので、3包分をいっぺんに飲んでみたところ、飲んで10分もしないうちから汗が大量に出て、あっという間に熱が下がってしまったのです。これほどシャープな効き目は、西洋薬でもなかなか経験できるものではありません。

 では、風邪の治療の実際をもう少し具体的に紹介しておきましょう。

 風邪の場合は、「傷寒」か「温病」かを見極めることが最も重要です。漢方では、ひどい寒け、肩や背中のこわばり、汗が出ない、鼻水や痰は水っぽく透明、といった症状がはっきりしているタイプの風邪を「傷寒病」と呼びます。「傷寒病」の治療には、『麻黄湯まおうとう』や『葛根湯』などの薬を用います。なかでも『麻黄湯』は、症状が強く、咳を伴う場合に適していますし、『葛根湯』は、うなじや肩のこりが強い場合、『麻黄附子細辛湯まおうぶしさいしんとう』は普段から寒がりの人が「傷寒」の風邪をひいた場合に使います。これらの薬は、熱を強制的に下げるのではなく、発汗とともに穏やかに下熱させる薬です。このため、薬を服用した後は体を温かく保ち、場合によっては温かいスープやおかゆなどを食べて発汗を促すことが必要です。そうしていったん発汗して下熱し、こりなどの症状が取れた場合は、2回目の服用は必要ありません。そしてもし、咽喉の痛みや咳が残れば、他の処方に変更していくのです。

 また、初期の症状がもう少し穏やかなら、『桂枝湯けいしとう』や『柴胡桂枝湯さいこけいしとう』を用いることになります。 

 一方、寒けはそれほどでもなく、体の熱感、のどが腫れて痛む、頭痛、鼻水や痰が黄色く粘る、などの症状の風邪は「温病」と呼ばれ、葛根湯や麻黄湯ではなく、『五淋散ぎんぎょうさん』や『駆風解毒湯くふうげどくとう』といった処方を用います。

 ここで強調しておきたいことは、風邪の初期に、いたずらに非ステロイド系消炎剤(アスピリン、インドメサシンなどのNSAIDSと呼ばれる解熱剤)を服用しないこと!です。NSAIDSは、体の体温のセットポイントを下げることで下熱させるのですが、同時に正常な免疫力を低下させるので、ウィルス感染の初期にNSAIDSを服用すると、かえってウィルスが勢いづき、風邪の治りが遅くなるばかりか、場合によってはいったん解熱してもそのあとでかえって症状がひどくなることも考えられます。一方、「麻黄湯」や「葛根湯」などの漢方薬は、いったん体温のセットポイントを上昇させて体の免疫力をによりウィルスを弱めることが知られています。一般に総合感冒薬と呼ばれる西洋薬の多くにはNSAIDSが含まれており、風邪の初期治療においては、西洋薬よりも漢方薬のほうが、安全で確実な治療法なのです。

 また、季節によって薬の使い方に微妙な違いがあるのも、漢方の特徴のひとつです。例えば、夏風邪は、湿気や冷たい飲食物の影響で、下痢や吐き気、頭痛など水毒の症状を伴う風邪をひきやすくなりますが、このときには、上手に体の中の湿気を追い出す『かっ香正気散かっこうしょうきさん』のような薬で対処します。また、乾燥した秋に多いのどの痛みや声がれには、肺を潤す『麦門冬湯ばくもんどうとう』や『滋陰降火湯じいんこうかとう』を用いる、といった具合に使い分けているのです。

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