病気というわけではないのに、何となくだるい、疲れやすい、朝起きられない…。こんな症状を訴える人は、案外多いものです。
疲労倦怠感の原因としてまず考えられるのは、「気」というエネルギーの不足で、漢方では「気虚証」と呼ばれる状態です。このようなタイプには、『四君子湯』や『六君子湯』『補中益気湯』など、「補気剤」と呼ばれる処方が適しています。これらの処方には、「朝鮮人参」「白朮」「甘草」など、気の産生量を増やす作用のある生薬が含まれています。特に朝鮮人参は昔から高貴薬として知られており、疲労回復作用を持つ代表的な生薬です。気虚証のタイプの人は、気を産生する場所である脾(主に胃腸の消化吸収機能をさす)の働きが先天的に弱いケースもありますが、多くは、不摂生な食生活や睡眠不足で消化器の機能が低下したために、十分な気を生成することができなくなるケースです。特に最近目立つのは、食事の不節制でしょう。仕事で遅くまで会社にいたり、学校が終わってすぐに塾に行ったりして、帰宅するのは10時過ぎ、それから夕食を食べてお風呂に入ればもう時計の針が12時を回っています。家庭の主婦も、帰りの遅い夫や子供に合わせた食事の時間となり、それから後片付け、家事の残りをすませると睡眠が1時2時になることも珍しくはありません。特に、「今日のことは今日のうちにしておかねば」というような真面目な人ほど、寝るのが遅くなってしまう傾向があるようです。このようなタイプの人たちは、なんとかして、最低6時間以上の睡眠時間をとり、特に夕食を早めに、あるいは、夕食時間が遅いときにはなるべく軽くすませて、夜中に胃腸を休めてやることがなにより必要です。
また、疲労倦怠感は、気の不足からくるものだけとは限りません。余剰物質が体の中に滞っているために、「何となくだるい」という症状が現れることもあるのです。
少し前の話になりますが、肝臓の病気で通っている患者さんに、「最近、どうも体がだるくてしかたがないんです。先生の薬を飲んでいても、ちっとも疲れがとれません」といわれたことがありました。確かに、肝臓病は疲労倦怠感が現れやすい病気ですが、この患者さんの場合、病状は安定しており、特に問題があるようにも思えません。「おかしいですね。このところ、肝臓のほうも落ち着いているのに」と答えると、「でも、あまりしんどいので、他の先生のところで毎日ブドウ糖とビタミン剤の注射を売ってもらってるんですよ」と、納得がいかない様子です。
この患者さんは、以前から体格のいい方だったのですが、よくみると、最近はおなかがひとまわり大きくなったように感じました。体重を聞くと、この数ヶ月で3〜4キロ増えているといいます。また、だるいので栄養をつけなくてはと、牛肉やレバー、卵など、高たんぱくの食事を心がけていたのだそうです。「間食は?」とたずねると、「今日は午前中におかきを食べて、午後はケーキを食べました」と、少し照れながらおっしゃいました。
どうやらこの方は、自分を大事にしすぎるばかりに、なんとなくだるい→つい動くのがおっくうになる→動かないので、おなかが空かない→元気をつけなければと栄養のあるものを食べるが、運動をしないためによぶんな栄養が体にたまってしまい、それを消費しきれない→体重が増えてますますだるくなる、という「疲労の悪循環」にどっぷりとはまりこんでしまったようです。
いったんこのような悪循環におちいってしまうと、点滴やビタミン剤、あるいは、先ほどの『
漢方では、食べすぎてよぶんな栄養が体にたまった状態を「食毒」、よぶんな水分がたまった状態を「水毒」と呼んでいます。現れているのは、同じだるさという症状でも、気の「不足(虚)」によるものとは正反対の「余剰(実)」の病状です。
食毒や水毒といった余剰物質は、だるさの原因になるだけでなく、糖尿病や高血圧を引き起こすこともありますし、西洋医学的な実験でも、食べすぎによってリウマチなどの膠原病が悪化したり、ガンなどの発生率が高くなることが知られています。
このような余剰物質による疲労感を、栄養不足と勘違いして、食べ物やドリンク剤で栄養を補給し、さらに状態が悪化するというケースは案外多いものです。気の不足であれば、栄養をつけたり、睡眠をたくさんとるなど「補う」生活が必要ですが、食毒や水毒が原因になっている場合は、適度な運動をして、ドリンク剤やビタミン剤をやめ、食事の量も減らすなど、「とりのぞく」努力をしなければ解決できません。よく、「1日に2L以上の水分をとるように」という言葉を鵜呑みにして、ペットボトルの水やお茶を一生懸命に飲み、その結果、体に「水毒」がたまってしまった患者さんをみかけます。何となく体が重い、雨の日に体調が悪くなる、などは「水毒」による症状です。このような場合は、軽い運動をしたり、お風呂やサウナで汗をかくだけですっきりしてしまうこともありますが、『
このように、疲労倦怠感と一口にいっても、「虚」(不足)から起こるものと、「実」(余剰)から起こるものとがあります。だるいからとむやみに栄養をとるのではなく、自分の状態がどちらに当てはまるのかを考えて対処することが大切です。
春夏秋冬、日本の四季はそれぞれの季節に風情があり、新しい季節を迎える喜びや緊張感が我々日本人の心を豊かにしてくれるものです。しかし、最近はその四季の変化ににも徐々に変化があらわれてきたように感じます。地球温暖化の影響でしょうか、体が冬と感じるのは1・2月、春は3・4月、秋は11・12月、残り5月から10月頃まではすべて夏というふうになってきたように思います。実際、4月も終わりになれば窓を閉め切った電車にはクーラーが入り、ビアガーデンも5月には営業開始、10月になってもビルの中ではクーラーが作動していることも珍しくありません。
「夏バテ」は本来、夏も盛りの8月ごろになって、暑くて食欲がなくなる、夜の熱気で眠れない、汗のかきすぎで体がしんどい、などの症状を指す言葉でした。しかし、昨今の日本の現状は必ずしもこのような典型的な夏バテの症状ではなく、むしろ、「冷え」による体調不良を訴える患者さんが増えています。ここでは便宜的に、前者のような夏バテを「古典的夏バテ」、冷えによるものを「冷え型夏バテ」と呼ぶことにしますが、「冷え型夏バテ」の患者さんには、ほぼ共通した特徴があるように思われます(以下4点です)。
1)暑いからといって、冷たいもの、すなわち、冷水、アイスコーヒー、冷たいお茶、ビールなどを多飲する。
2)朝起きてから24時間クーラーをのなかにどっぷり漬かっている。特に夜中寝ている間にクーラーをつけっぱなしにする。
3)運動をしない(積極的に汗をかくようなことをしない)
4)暑いのでお風呂(浴槽)にはいらず、シャワーで入浴を済ませる。
1)のポイントは、ただでさえ弱りがちな胃腸にさらに負担をかけることになり、漢方的には「陽虚」「水毒」の原因をになります。
2)3)4)のようなことが続くと、自律神経の機能失調がおこり、特に、汗をかくことで体の熱を冷ましていくラジエータ機能が低下することで、かえって、体に熱がこもったり、風邪をひきやすくなるなど、「欝熱」や「表虚証」の原因となります。
その結果として、一日中体がだるい、いくらエアコンの中に入って体を冷やしてもなんとなく熱っぽい感じがしたり、あるいは、一日中体が冷えたり、体がむくんで食欲がなくなったり、という症状が出るようになります。
それでは、「冷え症夏バテ」にならないためにはどうしたらよいでしょうか。
まず、上にあげたような生活習慣を正すことが必要です。すなわち、
1)冷房の効いた室内ではなるべく暖かいものを飲んだり食べたりする。
2)夜中睡眠中はなるべくクーラーをつけないような工夫をする。
3)1日1回は汗をかくような運動をしてそのあとはさっとシャワーを浴びるなどする。
4)入浴の際にはなるべく浴槽に入ってあたたまる。
などですが、どうしてもエアコンがないと眠れないというような人は、なるべく直接冷気が体に当たらないようにして、朝早起きして近所を歩いたりしてひと汗かいてからシャワーをあびて出勤するなどもよいかとおもいます。
それでは、夏バテの対応策としての漢方薬にはどのようなものがあるでしょうか。
「古典的夏バテ」のお薬として有名なものが『
名前からして、夏の暑さがしのげるような感じがしますが、この処方には、
一方「冷え症夏バテ」には、水毒の調節をする『
漢方では「伏気病」といって、それぞれの季節にあった過ごし方をしないと、次の季節に病気になるといわれています。夏に体を冷やしすぎてしまう、あるいは、大汗をかくような運動をしすぎて正気、すなわち、体の正常な抵抗力を損なってしまうと、秋や冬につけがまわって、体調を崩してしまうことがあります、四季それぞれに適応した生活を送ることが大切ですね。